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(Vol.183)



============================= CONTENTS =============================
【コラム/『!手法に頼るな!』】       <寄稿>
  中身を理解して適切な使い方を考えて使おう       公江 義隆
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全ての場面に適用できる手法は無い!
適用する場面や条件によって、アウトプットの使い方によって、
効かない薬どころか間違った方向へ導いてしまうことも・・・

■=== 【コラム/『!手法に頼るな!』】    <寄稿>

                公江 義隆 y-koe@air.linkclub.or.jp
               JUAS/ISC、もとITコーディネータ
                もと武田薬品工業(株)情報システム部長

 〜 「手法に頼るな」・・・中身を理解して適切な使い方を考えて使おう

経営やITの分野では夥しい数の「手法」が紹介されてきました。
講習会などで多くの人が関心を持つのは作業手順やその方法、つまり「HOW TO」
のようです。これが分かればその手法をマスターした気分になりがちですが、
実際に使ってみればやがて「世の中、そんなに甘くない。旨い話はない」と
いうことに気づかされるはずです。

使う前に気づけば実害なし、使う途中で気が付けば思わぬ苦労をしょい込む、
出てきた結果を実際に使ってから気がついたのでは「時すでに遅し」です。

「手法」も道具です。道具を旨く使うには、その道具の持つ特性を理解し、
手法の背景にある考え方やロジックが、自分たちの目的に本当に
かなっているかを日定め、必ずある弱点や欠落部分をカバーする工夫や
使い方が必要になってきます(使い方は使い手が決めるのであって、
手法が決めることではありません)。

また道具の基本特性は「ガベッジ・イン ガベッジ・アウト(屑情報から
作られる結果は屑)」です。ワープロ・ソフトの機能や操作にいくら熟達
していようと名文が書けるわけではありません。但し、作業効率には
大いに貢献します。数ある手法についても同じことが言えます。

以下はこんな問題を考えてみるための参考にしていただけたらと思います。

★1970年代はじめ、米国の著名なコンサルティング会社、ボストン・
コンサルティングが経営戦略ツールとして、プロダクト・ポートフォリオ
・マネージメント(PPM)
を発表し、経営戦略論が盛んだった
当時の日本でも話題になったことがありました。

市場投入した製品について、『導入期、成長期、成熟期、衰退期に分類する
「製品ライフサイクル」に対する経営資源の最適化という考え方』を基に
したものです。

縦軸にマーケット成長率、横軸にマーケット・シェアのマトリクス上に
自社の事業を分野ごとにプロットし、その規模を円の大きさで表して
企業の状況を表わして、事業・製品を次の4つに分類します。
夫々の『特徴をキャシュ・フロー特性からとらえ、適切な施策を設定』
しようというものです。

 http://www.nsspirit-cashf.com/logical/ppm.html

1)「金のなる木」(成長率:低、シェアー:高)・・・成熟期、追加投資は低い、
   「状況を維持し期間を延ばす施策」
2)「花形」(成長率:高、シェアー:高)・・・成長期、競合多く必要な
   追加投資大(しないと「問題児」へ)、「適切・思い切った投資」
3)「問題児」(成長率:高、シェアー:低)・・・成長期のリスク製品、
   金食い虫、金をかけて“伸ばすか”、“手を引くか”思案のしどころ
4)「負け犬」(成長率:低、シェアー:低)・・・衰退期、“撤退のタイミング
   ・方法を探る”

つまり、「金のなる木」で稼いだお金で「問題児」を「花形」に育て、
「金の生る木」にして、やがて老衰する「負け犬」は出血の大きくならない
うちに処分する。「この4種に分類された製品・事業のバランスを旨く取り、
このサイクルが旨く回るように経営資源の配分をやってゆく」ことが
経営戦略のポイントである・・・こういう話であったと思います。

企業の状況の分析結果を表現・アピールする方法としては、
簡明で素人分かりし易いものであったからでしょう。
メディアは騒ぎ、これをかじって経営戦略が分かったつもりの
俄かコンサルタントや評論家が社内外に多数輩出しました。

しかし、経営者や経営管理の実務に携わる人からすれば、
この程度の事業の状況や問題点は既に分かっていることの筈です。

この手法がどの程度実際に使われたかはわかりませんが、
「それで、具体的に何をどうするか、どうすればそれが出来るか」を課題
とする彼らにとって得るものは多くはなかったと思います。

現実はもっともっと複雑です。

この後の1970〜80年代には、米国の製造業の多くが、
(この手法から見れば)伏兵の日本企業にコストと(後には)品質で敗れ、
政治・外交問題にしてみたものの、「金のなる木」も「花形」も先のない
「問題児」に転落し事業撤退に追い込まれてゆきました。

『この時代には、既に競争を支配するのはプロダクト・ライフサイクルの
管理ではなかった』のです。そして今、その日本企業は中国・韓国など
新興国の追撃の前に苦戦を強いられることになりました。

●ITmediaエンタープライズ『"変化"は外からやってくる』
前編 http://www.itmedia.co.jp/im/articles/0811/10/news105.html
後編 http://www.itmedia.co.jp/im/articles/0812/25/news122.html

一方、米国製造業の中で数少ない戦略的な成功者、GE社の
ポートフォリオ図は縦軸を長期的な業界(市場)の魅力度、横軸を競争
ポジションにとり、3X3のマトリクスに表したものと言われます。

 http://www.nsspirit-cashf.com/logical/ge_business_screnn.html

★ボストン・コンサルティングの方法と、GMが自らのために実行した方法
とでは何がどう違っていたのでしょうか?


縦軸に社外環境、横軸には内部状況をとるのは両者共に共通する考え方
ですが、縦軸・横軸を2分するか3分するかは本質的な問題ではありません。
色々な見方はあると思いますが、私はこんな点に関心を持ちます。

縦軸・横軸に、前者(ボストン・コンサルティング)では「マーケット
成長率」と「マーケット・シェア」が採られています。
「マーケット成長率」は、多くの場合、業界資料や政府の統計からある程度
の信憑性のある数字が容易に得られます。「マーケット・シェア」に
ついても上記の資料と自社データなどから、それらしき数値を求めて
ポートフォリオ図を作ることはかけ出しの経営スタッフや、
俄かコンサルタントにでも容易に出来てしまいそうです。

一方で簡単に出来てしまえば、人は疑問を持たず、深く考えなくなるもの
です。手法に頼っていると得てしてそういうことになりがちです。

しかし、「成長率」は前年あるいは数年前と現在との比較です。
「マーケット・シェア」も過去の施策の結果に過ぎません。
つまり、過去しか見ていないことになります。これは、
「将来が過去の延長線上にある穏やかな世の中」で成り立った考え方です。

経営戦略ツールと過大な期待と関心を持たせ、『入口作業の容易さが
本題である施策の検討を無意識のうちに安易な取り組みにさせてしまう、
そんな落とし穴があった』のではないかと思います。
但し、マーケットから見た現状の表現や問題提起の場に限定すれば、
現在でも十分使用可能な方法です。

さて、GEの考え方を見てみましょう。

縦軸の「長期的な業界(マーケット)の魅力度」とは何でしょう。

少なくとも目を将来に向けざるを得なくなる言葉です。
製品や事業ごとに「何がどのように関係するか多数の要因と因果関係を
考える」ことになる筈です。横軸の「競争ポジション」というのも意味深長
です。具体的に製品や事業ごとに競争相手を認識し、競争力を確保・維持
するために、何が、どんな、またどの程度の重要さを持ってくるかを
考えなければならなくなります。色々な仮説(ストーリー)を設定した
検討も必要になります。想定外は許されません。
適切な想定の出来ること自体がプロの大切な能力です。

このように『前者に比べ桁違いに多くの項目に対する多様な深い広い検討、
そのための知識、能力が組織、人に要求される本来的なアプローチ』です。
「誰にでも、容易に、成果が得られる」、そんな旨い方法は世の中にはない
ということなのでしょう。

★さて、この分野でのもう一つの別の手法の話です。

最近、経営戦略のツールとして「SWOT分析」が取り上げられます。

プロダクト・ポートフォリオ・マネージメント(PPM)が「製品ライフ
サイクル」に対する経営資源の最適化がその考え方の背景であったのに対し、
SWOT分析は『外部環境の変化に対する経営資源の最適化』が背景に
ある考え方です。

内部環境として(PPMの自社のマーケット・シェアに代わって)、
自社の強みS:Strengths、弱みW:Weaknesses, 外部環境として
(PPMのマーケット成長率に代わって)、チャンス・機会O:
Opportunities、脅威T:Threats について調査・整理をします。

「己を知り、相手や戦いの土俵やその変化を知る」ことは一般論としては
大切なことです。
この結果、S-O、S-T、W-O、W-Tの組み合わせにより
4つ課題が出来上がります。

1)「S:強みと、O:機会を生かす方策」を中心に
2)「強みを生かし、脅威に打ち勝つ方策」
3)「弱みをカバーして機会にうち出る方策」
4)「弱みと脅威の中で何とか持ちこたえる対策」
を夫々、知恵を絞って考え、その結果を2X2のマトリクスにまとめて、
4つのカテゴリー毎に企業の方向や方針・戦略を考えましょうという話です。
しかし、これも表面的には考え方として理に適っているようで、
実際には中々難しい問題です。

SとW、OとTのように単純に(分かりやすく)表してしまう、
この手法に内包する気になる点を幾つか挙げてみます。

1)先ず「自社の強み・弱みは的確に認識出来るものでしょうか」という問題。

人は物事が旨く行くと、「自分はそういうことに才能がある」と思い、
「失敗すると自分には向いていない」と思いがちです。
大成功や大失敗が度重なってあるのなら、夫々に共通する要因を探れば
それが強みや弱みである可能性が高いことになりますが、成功が続くのは
稀ですし、特に「失敗ケースを調べると傷つく人が出てくる」などといった
気遣いをする日本では、徹底的な検討や反省は中々されません。
その結果、「あつものに懲りてなますを吹く」、「性懲りもなく・・・」、
「行け行けドンドン(・・・地獄まで)」、といったケースも後を絶ちません。

2)「自分には自分は分からない」・・・暗黙知の掘り起しという問題

真の強み・弱みは、日常的に自分たちが常識と思っている考え方や行動の
中、つまり暗黙知の中にある場合が少なくありません。
困ったことに、当たり前としていることに対して人は問題意識や認識が
ないのが普通ですから、中々そこへたどり着けないものです。

例えば、世の中には堅実経営といわれている企業があります。
他方にそうではない企業があります。
両者とも特に意識的にそうしているわけではなく、昔から普通にやって来た
ことですから、自分たちの行動特性に疑問を持つことも選択の余地がある
との認識もないはずです。意識していない事が強みとも弱みになるとも、
考えてみたこともないでしょう。

もし、後者が前者を知れば「優柔不断、意思決定が遅い、壊れるまで石橋を
叩いている」と感じるでしょうし、前者が後者をみれば「威勢はいいが、
投機的な危なっかしい組織」と映るでしょう。

昔読んだ心理学の本に「自分が認識している自分、他人が認識している自分、
誰にも分らない本当の自分」といった記述がありました。
つまり、多くの場合「自分のことは自分には中々分らない」ということの
ようです。

自ら外から自分を見る目を養うことが大切だと思います。
内に閉じこもらず、他企業、他業界、他分野、外国の人たちとの交流、
特にディスカッションの機会を自ら求めてゆくことや、長い付き合いの
ある取引先の仕事熱心な人や、転職した昔の先輩、同僚などの転職後の話
などは自社の「真の一面」を知る良い機会になると思います。

3)適切なレベルへのブレークダウンとシンセシス(問題構成)の問題

「新製品が出ないのは、研究開発力がないから」などという、「XXが出来ない
のは、XXの能力がない」では同じことを言葉を変えて言っているだけで、
そこから一歩も前へ進めません。「YYが出来たのはその能力が高いから」
も同様です。他の問題への応用や展開には結びつきません。
販売好調=販売力があるのではなく、実は製造部門や購買部門が優秀で
コスト競争力があったためといった場合もよくあります。

適切なレベルへのブレークダウンが必要なのです。

但し、いくら細かくブレークダウンしても分析から答えは出てきません。
「ZZが問題」の対策は「ZZを改善」では答にはならないのです。
分析(アナリシス):必要条件と構成(シンセシス)・設計:十分条件は
別なのです。これは思いのほか知恵を要する問題です。
また細かくブレークダウンしすぎると、逆に答えがなくなる場合が
よくあります。幹になる問題を中心にして、その中で他の課題を併せ
解決出来るように分析するのが鍵なのですが、これには少しコツがいる
ようです。

4)次の問題点は「強み・弱みや、外部環境の機会・脅威は客観性・普遍性の
  あるものでしょうか」という問題です。

例えば、次のケースは強みでしょうか、弱みでしょうか。

・長年かけて世界に整備してきた、「現在、その多くが財務的に負担になって
 いる、海外支店網がある」

誰が考えても同じ評価になることもある一方で、同じことでも人により評価が
反対になる場合もあります。上記の例で、海外事業の新たな展開策を考えて
きた人には、現在の海外支店網は強み(新たに作り直すことにくらべれば
大きな財産)であり、新しい展開図が描けなかった人には弱み(整理して
しまいたいお荷物)と映っているでしょう。
また、同じ外部環境の変化でも、準備のある前向きの人には「変化はチャンス」
と映り、保守的な人には変化は「有難くない脅威」と映るのが普通です。

つまり、多くの場合、強み・弱み・機会・脅威は、ある程度具体的に
「やることや、その目標」があって始めてはっきりすることなのです。

無意識のうちに、「こうだ」と思っているその多くは、現行の事業や製品を
前提に考えているのだと思います。しかし、それだけなら経営者や経営管理の
スタッフは日頃から情報を集め、頭を悩まし、日夜考え続けていることです。
SWOT分析など持ち出してみても、あまり有難がられることにはならない
でしょう。

SWOT分析は、やることや目標を決めた後の「HOW TO」の戦略検討に使えば
大いに効果が上がる可能性があります。(下記参考を参照、3)の下での4)の
検討作業)戦略とは上位レベルで決められたWHATの実行のための、抽象化された
に「HOW TO」なのです。もともとSWOT分析はこんな使い方をされていたはず
です。近年、どこかの賢い人が机上の理屈で用途を広げて、WHATの検討に
使おうといった話になったのが問題を難しくしていると思います。

★<参考>:以下に私なりの「経営xx」についての定義をしてみました。

1)経営理念:

 企業の存在する価値、何のために何をするのか、志、創業の精神など、
 企業が存続する限り、まず変わることのないもの     

2)経営哲学:

 如何に在ろうとするか、思想、価値観、企業文化など、
 企業が存続する限り、余程のことがない限りかわることのないもの

3)経営計画(方針・目標):

 実行する事業・製品・サービスなどの内容(WHAT)と達成目標・
 達成イメージ、長期、中期、年次、他必要な管理期間ごとに整合性を
 意識しながら策定される。

4)経営戦略:

 具現方法やその考え方を一般化・抽象化したもの(HOWの選択基準)、
 3)の経営計画に対応して策定、確認がされる。

全く新しい製品や事業は一人優れたリーダーの強い思いから生まれるものだ
と思います。彼、彼女の頭の中がどうなっているのかは知る由もありません。
このプロセスを一般化・手順化することはまず不可能でしょう。

しかし、多くの現実のケースは「既存の製品や事業を、如何に環境の変化に
適応させてゆくか」という問題です。

それなら、例えば、まずOとかTとかに囚われずに環境変化を具体的に整理
してみることだと思います。但し「TPP問題」と言ったぐらいのレベルでは
だめです。20数分野あるTPPの全項目・内容を相手国別、自社の事業や
製品別に影響を捉え、粗くとも対策を具体的に考えてみると、始めて現実論
(思い込み・観念論でない)としてのO、T、S、Wが結果的に見えてくると
思います。こんなプロセスを繰り返しながら対策を絞り込んで行くと、
対策とともに、捉えるべき環境変化のO・Tと内容とそれらによる影響や、
S・W、さらに結論に至った理由やストーリーが明確になってゆくと思います。

多くの経営者や戦略スタッフは、このプロセスを夫々の頭の中でやっています。
これをSWOTの土俵上でやろうということにすれば、お互いの頭の中が
見えてくることになります。お互いに実りのあるディスカッションが可能に
なります。自分とは異なった視点に気づき、内容の質を高めてゆくことや、
共通の理解を深め、知見の組織的な蓄積に寄与してゆけるかもしれません。

検討の土俵を共通にすることで効率化が図れることはゆうまでもありません。
私ならこの手法の用途をこんな位置づけにするかもしれません。

以上から、考えるべき問題のイメージをつかみ取っていただけたなら
幸いです。

楽に成果が得られる旨い方法は世の中にまず無いと思います。
手法のマスターもさることながら、その数倍、数十倍の努力を対象とする
課題分野の情報収集や理解、そして検討作業にかけるべきということを
認識いただければと思います。

課題分野に素人同然の人が集まって、ブレーン・ストーミングよろしく
「お互い意見は批判しないで、ドンドン思いつくことを出してみましょう」。
KJ法で「出てきた意見を分類して、出来た島に名前(問題名)をつけて
見ましょう」。「そろそろ時間ですから結論をまとめて見ましょう」。
本番はこんな訳にはゆかない、やってはいけないことを認識していただき
たいと思います。

手法の怖いところは、ええ加減なやり方でも、それなりの答え出てきて
しまうという点です。

もっと怖いのは、やった人たちにその答えの評価が出来ないことです。

★今回は深入りしませんが、流行りの「ビッグ・データ」にも
同じ種類の怖さを感じます。


統計手法は論理的に結論が正しくなくても、計算上の数字が出てきてしまう
点です。統計学の専門家の多くは統計学に理論的に興味がある人たちです。
応用分野のことは知りませんし、また興味を持ちません。

つまり結論の評価ができないことになります。
反証は現実的に難しいですから、ええ加減な分析者とコンピュータの
計算結果が一人歩きすることにもなりかねません。
                               以上

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