もし、素晴らしいBSCを構築できたら、すなわち完成度の高い戦略マップを描き、スコアカード、ストラテジック・イニシアティブへと展開することができたら、果たして戦略実現が保証されるのでしょうか?BSCの参考書物を読むと、いかにもうまくいきそうな錯覚に陥ってしまいそうですが、多くの推進者のみなさまは、きっと「そう簡単にはいかない。」という経験をお持ちではないかと思います。
戦略実現を妨げる要因として第一に挙げられるのは何といっても環境の変化でしょう。
特に昨今では20世紀のシステムが機能不全を起こし、新たなパラダイムへのシフトを余儀なくされています。そんな正解のない過渡期においては、激しい変化は予測もつかず、いつ何が起きても不思議はありません。トヨタを筆頭に優良企業が軒並み赤字決算に陥る見込みです。もはや、M・ポーターの5Fでは足りず、ダイナミックな複雑性が第6のFORCE
となって押し寄せてきています。
ところが、このような環境変化を予見し確固たる戦略を立てることが不可能に近くなればなるほど、戦略立案に多くの時間を割いていませんか。「戦略は正しくて当たり前」「良い戦略なくして勝利はない」という固定観念がそうさせているのだと感じます。
昨今の企業不祥事においても、「不祥事はあってはならない、あるはずがない」という経営の思いが逆に不祥事を隠す体質を生み、取り返しのつかない事態を引き起こしています。「不祥事はあるものだ、起きたら早く直そう」という価値観があったならば対応は全く違うものになっていたのではないでしょうか。
ものづくり企業として、製品の不具合に対しできる限り早くユーザーのみなさまにお伝えして、大事に至らないよう努力するのが正しい道であり、そういった企業姿勢がかえってお客様の信頼を得ることに繋がることを、カーナビの2000年問題の際に私は経験しました。
戦略についても同様の考え方ができるでしょう。
「勝れた戦略を立てよう」との熱き思いが、「戦略を変更することは悪だ」という価値観を生んでしまうのです。
幸い、BSCには戦略を俯瞰し軌道修正するための機能が備わっていますので、構築に労力を費やすよりもモニタリングやレビューをしっかり行い、戦略をダイナミックに進化させていくことに重点を置くのが、今の時代のやり方ではないでしょうか。
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次に、戦略実現の重要要素として「事を成すのは人」である、ということを深く考える必要があります。実は、これが最も重要なことであると感じています。
人すなわち組織の構成員を掌るのは勿論「学習と成長の視点」ですが、キャプラン&ノートンが示した戦略マップの雛形では、「学習と成長の視点」の基本要素は、人的資本、組織資本、情報資本とされています。
通常、戦略実現に向けた必要な専門教育、組織体制や情報整備が連想されます。みなさまが構築されている戦略マップにもこれらの戦略目標が並んでいることと思います。しかしこれらを怠り無く行えば戦略実現は確実なものとなるのでしょうか。
ここでは、経営をIQ的側面とEQ的側面から見ることを提案いたします。
IQ的側面では、業務プロセスを作業の連鎖として捉え、専門知識や仕組み、手順、ルール等の充足を重視し、戦略性、効率性、均一性、正確性、習熟度等の向上を図ります。
一方、EQ的側面では、業務プロセスを人の連鎖として捉え、人間力、意志、思いやり、モラルなどを重視し、組織風土、モチベーション、多様性、個性、主体性等の向上を図るのです。いかがですか、戦略実現に向けた必要な専門教育、組織体制や情報整備は、IQ的要素が強いのではないでしょうか。
人は機械とは違います。意志を持っています。
行動より感情が先という特性も持ち合わせています。「会して議せず、議して決せず、決して行わず」では、どんなに勝れたBSCを構築しようとも、うまくいきません。
EQ的側面について考慮すれば、「志のリンケージ」こそが「学習と成長の視点」の主要テーマであり、知を資本に変える要素であることに気づきます。
何を、いつ、どこまで、どうする、に加えて、何のために、どんな風に、どのくらい頑張ればいいのか、それができたらどんな良いことがあるのか、といった「志」を繋いでいくのです。
また、成果主義の上でBSCを展開する場合の盲点として、例えば個人の目標管理へとカスケード・ダウンする過程で、組織として上下のリンケージはできるものの、構成員間の左右のリンケージがとれないということはないでしょうか。
BSCを一つの言語(戦略後)として捉え、多くのメンバーを戦略構築に参画させ、多くの知を集め、みんなの意志を結集することによって、上下左右の志をリンケージすることが戦略実現の大切な要素となります。このことが「学習と成長の視点」で扱うべき重要な戦略目標であり、そのパフォーマンス・ドライバーの一つに最もベーシックな「コミュニケーション力の向上」というテーマがあることに気づき、現在活動を展開しています。
以上、2009年2月記 |